ゴルフ業界で輝く人物たちの歩みに迫る――。
このブログでは、ゴルフ界で活躍する人々の人生にスポットを当て、その想いやキャリアの裏側に迫る特別企画をご紹介します。
45歳からの挑戦!ドラコンプロへの道。
~人生に遅すぎる挑戦なんてない。
45歳からプロゴルファーへのリアルストーリー~
第3回 「道具は揃った、でも金がない」
ゴルフを本格的に始める決意を固め、道具もそろった。
以前お世話になった大手ゴルフ用品メーカーが、無名のビギナーの挑戦に協力してくれたのだ。
これでクラブの問題は解決した――
しかし、次の壁が立ちはだかる。
お金である。
プロを目指すには、日々の練習が不可欠。けれど、レンジ代、ラウンド費、交通費……ゴルフはとにかく金がかかる。
カレー屋の仕事で収入はあるものの、家族を支えながらの生活では、趣味にかけられる余裕は限られていた。
私は、再び家族に頭を下げた。
「1ヶ月に1万円だけ、練習費用をサポートしてもらえないか?」 結果はOK。ぎりぎりの予算ではあったが、やると決めたからには限界までやり抜く覚悟だった。
貧乏でもできる練習方法
私は、地元の練習場で提供していた早朝サービスを活用した。
午前5時半から開いており、料金も格安。そこに毎朝通い、数球ずつだが、集中してボールを打った。
とにかく球数が限られているから、効率的に上達する方法を徹底的に考えた。
自宅マンションでは、素振り練習。王貞治さんのように、絨毯がすり減るまで振り込んだ。
アプローチは、窓ガラスの前に座布団を立てかけて、そこに向かって打つ。布団を外せば窓が割れるという究極のプレッシャー練習だ。
パターは簡易マットを使い、100球連続でカップインしないと寝られないルールを自分に課した。99球目まで入れても、100球目で外せば、また1からやり直し。毎晩、神経を削りながらパター練習を重ねた。
限界ギリギリでもまだ道はある…
カレー屋の仕事を終えて帰るのは遅い時間。
それでも翌朝5時半にはレンジに立ち、クラブを握った。
南筑波ゴルフ場にも通い、ハーフやパー3コースで実戦を積んだ。日が暮れるまでアプローチエリアにこもり、地道に繰り返す。
資金はいつもギリギリだった。けれど、その姿を見た家族は徐々に協力的になっていった。
本気度が伝わったのだと思う。協力してくれことは今でも感謝に止まない。
こうして、練習環境は十分ではなかったが、できることはすべてやるという信念で積み重ねていった。
そして、いよいよプロテストの初挑戦の日がやってくる――。
そして1回目のテスト
自分の番が来てティーイングエリアに立った瞬間、手は小刻みに震えていた。震える指でティーアップしたところまでは鮮明に覚えている。だが、スタートホールのパー4で「7です!」とマーカーに申告するまでのプレーは、まるで記憶が抜け落ちているかのように思い出せない。
そして気づけば、次のロングホールへと歩みを進めていた。
果たしてこの先、緊張に包まれたラウンドはどう展開していくのか。。。
次回へ続く
練習の成果を試す初めてのテスト。結果は?
初めてのチャレンジ何を得たのか?

